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SNS孤独のタイプと対処策

 ソーシャルメディアが普及した現代で『SNS孤独(つながり孤独)』は深刻な問題ではないでしょうか。TwitterをはじめとするSNSではフォローという仕組みで誰とでも知り合いになれます。フォロー・フォロワーともに1000人を超えているのが当たり前になっていますが、一方で1本1本のつながりの強さはどうでしょう。

 

 数千人とつながっているのにほとんど自分は注目されない、『いいね』が全然つかないといったいわゆるSNS孤独はテレビでも取り上げられました。これらの原因と切り抜けるすべを考えます(このサイト自体はSNSの悩み専門サイトではないので参考程度に見てください)。

 

タイプ
つながりが薄い
うらやましい

 

タイプ

 SNS孤独は俗に「つながり孤独」と呼ばれています。それにはいくつかの種類があって、1つにまとめることはできないと思います。いかに上げる2つはお互いが完全な別物とまでは言い切れないので、大まかにとらえてください。

  • 1つ1つのつながりが薄い
  • 他人の楽しそうな姿がうらやましい

 まず挙げられるのが「つながり」でしょう。冒頭でも紹介しましたがSNSでフォロワーの人数が多くても、1人1人との関係が希薄だというのは意外に多くあるかもしれません。

 

 次にほかの人の様子がうらやましいという点。相手が楽しそうにしているのを見ると、自分が悲しく思えてくるのも広義ではSNS孤独に含まれます。

 

つながりが薄い

 

 個人間のつながりは現代が抱える大きな問題。SNS孤独もその一種ですが、通常考えられてきた孤独(誰とも交流がない状態)とは異なり少し複雑です。

 

 確かに日々の投稿を通して多くの人の様子をうかがい知ることができるのに、ほとんどの人は自分に注目すらしてくれない(=つながり孤独)。それゆえに寂しさを感じてしまうのですが、これをやわらげるすべはないのでしょうか。

 

 一つの手としてはもっと自分をアピールすること。例えばTwitterでは1日に何件もツイートがあるのですから、注目を浴びるには面白いことを言う必要があります。

 

 それも一度や二度ではありません。ユーザーの興味は次から次へと移り変わってゆくからです。有名アカウントで言えば「ボケて」や「イニエスタbot」(あくまで例です)あたりでしょうか。ただし自分に置き換えて考えてみてください。果たして面白いネタを見つけてツイートを連発することができるでしょうか。

 

 大変申し上げにくいのですが、ほとんどの人にそんな能力はないと思います。もしそのような能力があれば、まずSNS孤独に悩むことはありません。一握りの天才以外には人気取りは難しそうです。

 

 他の方法としては自分の「交流限界」を知るというものがあります。「交流限界」とは、コミュニケーションがとれる状態を維持できる人数や範囲の限度のこと。簡単に言えば知人の数です。

 

 

 SNSの世界ではカタチ上数百~数戦、場合によっては数万という人々とつながることができます。しかしこれが交流限界に見合った数かどうか考えてみてください。現実世界(⇔ネット空間)でそのようなことがあり得るでしょうか。1000単位で友達がいる人を見たことがありますか。

 

 答えはNOです。少なくとも見聞きしたことがある範囲では。1000人単位で知人がいるとすれば、その人はどこかの業界の要人に違いありません。今は特殊な例を検討しているのではないのです。

 

 99%以上の方は普通に話せる知人が100人もいればいいほうです。現実世界でこの数ですから、顔の見えないネットでもっと多くのユーザーと親密な関係を築くのは難しいと思います。

 

 そもそも人間に交流限界があるのはごく自然なことでしょう。古来、人間は農村という小さな共同体の中で生活してきました。現代のような交通、通信はありませんので、同じ村人同士で「閉鎖的」な社会生活を送っていたのです。日本の戦国~江戸時代でさえ、一部の大名を除いた多くの庶民は村や町を生活単位としていました。

 

 

 それがつい150年ほど前に産業革命によって爆発的に各個人の活動範囲が広がります。同時にそれまで知らなかった多くのひとやモノ、情報にさらされることになりました。1人の人間の一生に比べると150年はとても長いですが、人類の800万年の歴史から見ればほんの一瞬です。このような短期間で多数のひと・モノ・情報をいきなり受け止められるようになる訳がありません。

 

 私たちの体の構造は縄文時代から変わっていないといわれていますから、心の部分も現代に追い付いていないと思います。SNS孤独に限らず、今ある諸問題も技術発達と心の発達の間にあるギャップによるものではないでしょうか。

 

 このように私たちには限界があります。まずはこの限界を知ったうえで、身近な人かSNSでも比較的気心が知れている人を大切にするのが最善。薄く広い関係は得策ではありません。

 

うらやましい

 

 次の問題は友人の楽しそうな姿が伝わってきて、相対的に孤独を感じてしまうというもの。就職などで都会に出た後に地元の友達が楽しむ様子を見ると、うらやましく思えてきたりします。「あいつら楽しんでるな」ぐらいに軽く流せればいいのですが、「自分は慣れない場所で苦労しているのに、あいつらはいいなー」となってしまうのが人間心理の難しいところ。

 

 就職はあくまで例であり、ほかにも同じ職場・学校にいる人に対してなど、いろいろな場面で似たようなことがあると思います。この感情を抑制するにはどうしたらいいでしょう?

 

 まずは「うらやましい」→「さびしい」と変化してしまう要因を探ってみます。多くの場合他の人がエンジョイしている様子を見てうらやましいと感じるのは、自分の現状に何かしらの不満があるときです。

 

 

 先ほどの就職の例でいえば「慣れない場所で苦労している」のが不満の原因でしょう。「満たされない」状態でほかの人の「充実した」姿を見ると、その差を痛感してしまうのです。この瞬間に「なぜ自分は不遇なのか」→「自分は悲しい奴だ」→「寂しい」という回路が生まれます。

 

 しかし深刻にとらえる必要はありません。「インスタ映え」が盛んに叫ばれる昨今では、誰でも多かれ少なかれ見栄を張っています。ことあるごとに記念写真を撮る人や画像の質にこだわる人、文章のかざり気を多くする人などたくさんいます。その人たちだって普段の自分から背伸びしているので、思ったほどの差はないのかも。

 

 また、現状に不満を持つ方々はもしかするととても上昇志向の強い人なのかもしれませんね。這い上がろうとする意志があるだけで立派ではありませんか。努力を続けていつか満足できる日が来ます。

 

 ただし這い上がろうとするあまり、他人を蹴落としたり誹謗中傷するのはよくないのではないでしょうか。それに人のことばかり気にしすぎては振り回されてしまいます。自分の目標へ向かって努力するのが得策です。

 

まとめ

 いかがでしたか。以上をまとめると、つながり孤独のなかでも「つながりの薄さ」の対処策は

  • 積極的にアピールする
  • 交流限界を知る

などがあり、「うらやましさ」の対処策には

  • 意外と相手も見栄を張っているのかも
  • 満足いかない境遇を打開する
  • 他人に振り回されない

が挙げられます。つながりの薄さで紹介した「積極的アピール」はあまり簡単でなくデメリットも多いのでおすすめではありません。拙い文でしたが一助になれば幸いです。